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大山祇神社

13、14日と全日本人形専門店チェーンの研修会で四国へ行ってきました。
13日は瀬戸内海の大三島にある大山祇神社を見学。こちらの国宝館には、源義経奉納とされる「赤糸縅鎧」をはじめ河野通信奉納の紺糸縅鎧、大三島の鶴姫が着用したとされる重文の女性用鎧など、数々の国宝、重要文化財が展示されており、国内有数の内容を誇っています。
8年ほど前にも一度訪れていますが、今回は江戸甲冑師の第一人者・加藤一冑先生に同行して頂きました関係で、前回は見過ごしてしまった鎧の特徴や時代考証を、実物を目の前にしてじっくりと伺うことができました。
鎧は殆どが「奉納鎧」と呼ばれる胴部分のみの品ですが、これは武士が戦勝を祈願して神社に納めたものです。真新しい鎧を納めた場合もあれば、実際に戦で使用した鎧を「縁起が良い」として納めた場合もあるようです。特に大山祇神社は武運の神社ということで、数多くの奉納鎧が集まったとのことでした。
また、新しく豪華な鎧を奉納するのは、それだけ自分に力や富があるということを他の武将達に示すためでもあったようです。
また、国宝の紺糸縅鎧は、鎧の胴が約20㎏、兜だけでも4~5㎏あるとのことでしたが、一冑氏は、今回、紺糸縅鎧の部品の一部を原寸大模写した品を持参して説明をしてくださいましたので、その重さから実際の鎧の重量を如実に知ることもできました。
この他、鎧の板部分(小札と呼びます)は革で作ってあるのですが、袖や草摺には鉄を挟み込んで防御力を増すようにしている。但し、全てに鉄を使用すると重くなりすぎるので、下部へ行くに従って鉄を減らし、逆三角形のような形で鉄を入れている。
更には、袖や草摺の一番下部分の角を曲げてあるのは「タメ」と言って、これがあるのは南北朝以降、タメが無いのは平安時代の物。
また、小札をつなぐ糸にも革が使われることが一般的に知られているが、革以外にも綾織にした絹が使われることも多かった。但し、絹だけでは耐久性に乏しいので、麻を芯に入れていた。
等々、本物を目の当たりにしての生講義に、参加者全員が時間も忘れて聞き入ってしまいました。
端午の節句の飾りとして、鎧兜のレプリカを取り扱う私たち人形店にとっては、たいへん有意義な体験をさせて頂きました。
今回得ることができた知識や見聞を、今後の仕事に生かせるよう頑張らなくては。と思った次第です。
長くなってしまいましたが、明日も研修会の模様をお伝えしたいと思います。

大山祇神社の入り口。

一冑先生の説明を聞く参加者たち。

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