明治11年に初代大隅与平衛が、浜松市田町に開業した際物商「隅田屋」が寿月すみたやの原点です。
屋号は、大隅家の「隅」に田町の「田」を組み合わせたものです。
祭りの山車人形、芝居の大道具、ひな人形、五月人形などを取り扱う傍ら、与平衛はヤマハの創業者・山葉寅楠に協力して、元城小学校のオルガン修理にも携わったと伝えられています。
その後、三代目・大隅賛平が昭和初期に考案した瓦葺きのひな御殿は、「浜御殿」と名付けられ、後の雛飾りの主流にもなりました。
四代目・大隅護平が太平洋戦争前に受け継いだ小売部門が、株式会社連尺すみたやの前身となります。
現在の浜松市連尺町に移転した戦後からは、一貫して雛人形、五月人形、羽子板、破魔弓の小売販売に力を注ぎ、昭和37年に株式会社に改組した後も、これまでの伝統を継承しつつ、常にその時代のライフスタイルに応じた節句人形の企画開発を心がけてまいりました。
創業120年を契機に、既に登録していた「寿月(じゅげつ)」というブランドを広く皆様に知っていただけるよう、店舗名を「寿月すみたや」と致しました。
この道一筋139年を迎え、更に皆様に愛される人形店となるよう研鑽を続けております。
百余年の伝統に培われた雛人形、五月人形を、是非、皆様にご覧いただきたく、ご来店をお待ちしております。